250余年のあゆみ

昭和初期

「株式会社瓢箪屋薬房」そして「エスエス製薬」へ

新年挨拶(昭和9年/1934年)の画像

新年挨拶(昭和9年/1934年)

前の年に上皇陛下がお生まれになったことが書かれている。

株式会社瓢箪屋薬房のスタート

昭和2年(1927年)10月29日、「瓢箪屋薬房」は法人化し、「株式会社瓢箪屋薬房」となりました。

資本金22万円、製品数84種類、工場を荏原、小石川、板橋に置く近代的な会社としてスタート。

当時の大衆薬(OTC医薬品)としての薬効群はほとんど生産し、「人参梅花香」といった江戸創業当時から170年間も愛用された製品もつくり続けられました。

当時の主要製品について

ユースゲンの画像

昭和初期の主要製品リストには以下などが記載されています。
湿疹等の「リチンパスター」、凍傷剤「コルヂールパスター」、たむし専門薬「ローマ錠」、外用良剤「人参梅花香」、皮膚用温浴剤「エスバリン」、含嗽剤「アクリヂール錠」、催眠合剤「ニブロール」、消化剤「ネオジアス」、整腸剤「カーボン錠」、感冒鎮咳薬「ピレチン」、鎮痛剤「ベンツ錠」、当時は神経系鎮痛剤として販売していた「アネロン」、口中附薬「妙効丹」、小児用胃腸強壮剤「ビターゼ」。
また昭和9年(1934年)には当時は胃腸薬として販売していた「ユースゲン」、咳専用水薬「ブロン」、昭和12年には総合栄養剤「ヴィタカルチン錠」が新発売され、いずれもとても好評でした。
※下線製品は現在も販売しています。

写真:「ユースゲン」広告

チェーンの設立とエスエス製薬の誕生

当時、強力な問屋支配と安値乱売が製薬メーカーにとって大きな問題でした。そんな中、当社は小売薬局への直接販売をはじめました。史料には「現在は禁止されている戸別家庭訪問による選挙運動の効果にヒントを得て」と記述されています。
昭和4年(1929年)にボランタリーチェーン「瓢箪屋薬房エスエス」が設立され、会員は全国に広がり、昭和6年(1931年)の1450店から昭和10年(1935年)には2300店と拡大しました。

瓢箪屋通信

写真:瓢箪屋通信

チェーン活動のひとつとして、メーカーと本部および会員を結ぶ絆として発刊された会報「瓢箪屋通信」(後に『SSチェーン通信』)がありました。

同誌は、昭和7年(1932年)に発刊の月報で、誌上には製品の広告宣伝のほか、経営指導を目的に財務経理のあり方、店頭における顧客対応、店内装飾、整備に至るまで、きめ細かな記事が毎号にわたって掲載され、好評を博しました。

そしてこの会報を通して強調されたのは、当社と薬局薬店との「共存共栄」であり、それによってSOCIAL SERVICEが可能になるとされていました。

これは乱売の防止、商業道徳の向上を会員に呼びかける注目すべきものでした。

以上に見られるように、この時期当社では大衆薬(OTC医薬品)の分野において、あらゆる需要に対処できる生産体制が荏原、小石川、板橋の3工場で完備し、チェーン組織による流通チャンネルの確立とあいまって、全国的にその知名度を拡げていきました。

販売網は北海道から九州までの全域に広がり、昭和15年(1940年)頃までには、当時日本領だった南樺太(現在のサハリン南部地方)、台湾、朝鮮(現在の韓国及び北朝鮮)、さらには満州国(昭和7年、1932年独立宣言した中国東北地方)にも販売先を有していました。

そして昭和15年(1940年)には社名が現商号である「エスエス製薬」に変更されました。当時の社長は六代目・白井正助です。

瓢箪屋通信〜SS通信〜エスエスチェーン通信

しかし昭和12年(1937年)の日中戦争開始の頃から戦時経済統制の影響を受け始め、自由な市場経済下での活動は、少しずつ困難なものとなり、やがて国内にも戦火がおよぶ昭和10年代末には、企業活動も実質的に停止といった状況に追い込まれました。

この状況を当時の『SS通信』によって見てみると、「物質欠乏は想像以上になってきて……全国二千数百軒の加盟店に対する多数資材、多量の仕入れには多量なるがゆえに苦心しております。……皆様の棚に死蔵されておりますオンス瓶を提出していただき……」といった物質欠乏化での会員相互の助け合い記事や、「統制下如何に品物をお客様にお分けしているか、したらよいか」と苦心しているなどの記事がみられます(いずれも昭和15年)。

荏原工場焼失

写真(上):瓢箪屋通信〜SS通信〜エスエスチェーン通信
写真(下):荏原工場焼失

第二次世界大戦の戦火が拡大するにつれ、薬剤の生産は事実上ストップし、昭和20年(1945年)には空襲により荏原工場焼失。

ここに生産機能はまったく喪失し、企業活動は終戦に至るまで中断のやむなきに至りました。

”エスエス”の由来

ボランタリーチェーン「瓢箪屋薬房エスエス」が誕生しましたが、ここではじめて「エスエス」の名称が登場します。

これは、良い薬を供給し、そのことが国民の健康維持、増進に寄与するという「社会奉仕(SOCIAL SERVICE)」のイニシャルをとったものであると言われています。

のちに、「科学を探求し社会に貢献する(Science & Society)」という意味も加えられました。